日録2017

 
神田川




自戒
 出版不況と言われ出したのはいつ頃でしょうか。
 1995年1月17日に阪神淡路大震災が発生した時間、私は週刊誌の取材のため上海にいました。携帯電話など持っておらず、不安を抱えたまま帰国。携帯電話があればいいのに、とは思いませんでしたが。以後、携帯電話の携帯が急速に広まり、調べてみると1999年2月にiモードのサービスが開始されてから爆発的に普及していきます。その普及スピードに併わせるように雑誌の売上が激減していきます。そしていまやスマホです。
 さて、2017年2月現在。現実に本の売り場の深刻さを頻繁に耳にします。雑誌の売上げが激減しているのだからコスト的に考えれば本の販売でも無駄を省かなければならない、とにかく余分な在庫は持てない、返品も減らさなければならない、そのためにはまず無駄な注文をしない、無駄だってなんだ? 多少売れている本でも追加の注文を躊躇してしまう、でも全体の売上げは維持しろと言われる、本で売上げを維持できないなら他の商材を探せとも言われる、四面楚歌…という本屋さんだっているでしょう。

 そんな状況下で、翼POPに参加表明してくださった、翼のご注文をくださった、勇気ある本屋さんを、私は全力で応援したいと思います、いや応援します!

 以下、自分への戒めの言葉。

心の底から愛した運命の本を売ることができない
そんな人生に意味はあるのか!?

(2017/2/19)



秩父宮ラグビー場
 仕事のために秩父宮ラグビー場へ。協会で働く先輩と打合せ。早く着きすぎたのでグラウンドを覗いて見ると、芝生の張り替え中。もしくは芝生の下の土の整備中。何事も、完璧な準備から始まる。(2017/2/1)



三途の川
 年末に荒川の土手から望んだ夕日は美しかった。寒風も気にならず、陽が沈んでからは富士山の山影に魅入られて、しばらくの間あほうになって見つづけていた。
 今日、夕方に護国寺の石段を登ってみた。あの時の広い空はなかった。山並みもない。高層ビルやマンションが重なりあって立ち並び空に突き刺さっている。サンシャイン60はまるで墓石のようだ。墓石の横を流れる首都高速5号線は、三途の川だ。
 大切な友人が死んでから二カ月間、ずいぶんいろいろと考えた。でもまだ考えが足りないのだろう。足りないのだ。まるで阿Qだ。(2017/01/27)



重版出来
 大切な友人から生前に託されていた、手描きのPOP。白石一文『翼』のために描かれたPOP。やっと重版が出来上がった。このPOPを使った『翼』の平積み販売を書店にお願いしているが、注文があったのは現時点で38件。まだまだだ。このままでは友の想いに比して割が合わないな、と思う。(2017/01/19)



いつか来た道
 通院でいつも通る道。焼き鳥屋、八百屋、和菓子屋、が点在している。にぎわっていたころの残照。連なってはいない。でもかつての往来を喚起するには十分な距離。まんじゅうやを通り過ぎると、白い壁にへばりついた「本」の一文字が目に飛び込んでくる。「本」は煤けてしまっている。もうくたびれました、というように。きっと誰かを待ちくたびれたのだ。本屋が開いている姿は、まだ見たことがない。
 昔、ガリ版という印刷マシンがあった。ロウを塗った原紙に鉄筆で文字や図を彫り、版下を作る。鉄筆で刻む音がガリガリと響く。だからガリ版なのだろう。本当の名前は謄写版だ。小学生のときにガリ版で学級新聞を作っていた。臭いとともにその記憶がよみがえる。書き損じると修正液で筆跡を埋めるのだが、修正液は、蓋をあけたとたん、身悶えするほどの臭いを放った。臭いの記憶は消えない。
 本の制作は、組版、製版、印刷、製本、すべて外注である。そんな分業の時代もいずれは終わる。自分でできることは自分でやるしかないのだ。まずはDTP。(2017/01/14)



It was the hand of God
 指が痛い。右手の人差し指が痛い。関節すべてが腫れている。激痛のために曲げることができない。放置していたら、接着剤で塗り固められたように膨れて曲がらなくなった。毎日、夜中に激痛を覚えて目が覚める。人差し指が掛布団とこんがらがっていたりするからだ。寝相の悪い人差し指は深夜に壁をつついたりもする。ああ痛い。
 マウスのせいだ。去年の夏と秋、文庫本三冊、およそ千ページ分の電子書籍を作った。紙の本の制作もあったから事務所に籠ってほぼ半年間、マウスのローラーを人差し指で回し続けた。電子書籍の校正は、紙ではなく画面上で行なうのだからしようがない。Facebookを毎日閲覧していたのも問題だ。人差し指はローラーを回し続け、画面をスクロールし続けた。人差し指は、もう限界だった。腱鞘炎なのかもしれない、と思う。
 今朝、西武治療室へ行った。指、手首、背中、ひざ下、脚裏、首とあちこち点検を受けているとき、これだ、二番だ、ほらね、と言う先生の声が聞こえた。診察時間は5分ほどだった。短く力をいれて、身体のほんの数個所に先生が刺激を与えてくれる。よしいいぞ、と先生は言った。痛みは激減していた。人差し指はおそるおそる曲がり始めた。そんなばかな。しかし、これは現実だ。(2017/01/12)